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元在沖米海兵隊員は語る-2020.1.15 琉球新報より抜粋-

 高校卒業後海兵隊に入隊し沖縄キャンプ・ハンセンに配属、その後イラク戦争に出撃した元海兵隊員は語る。「しばらくは沖縄に駐留すると思っていたのもつかの間、イラク戦争への派兵命令が下った」「なぜ僕らがイラクに攻め込むのか理由がわからなかった」「『生きては帰ってこられない』と心の中で思っていた。だからこれまで以上に酒を飲んだ」 -イラク出撃の日に向け、沖縄ではマシンガンなどの準備に追われた- 「(イラクでは)常に死の恐怖を感じていた。発砲されたら敵が逃げ込んだ民家に乗り込んで殺した。怪しい人物は拘束して尋問部隊に引き渡した。でも大抵の場合その場で容赦なく殺した」「僕らはまるで『リトル・ブルドック』だった。暴れまくってたくさんの犯罪をやった。タバコが欲しくなったらコンビニを襲撃した」 -第一次ファルージャ総攻撃により、少なくとも民間人616人が死亡。大半が女性や子供だった。米国主導の「対テロ戦争は出口が見えない。今日までの犠牲者は民間人が少なくとも24万人以上。- 「泥沼の戦争だった。これはベトナム戦争と同じだ。僕らは捨て駒だと気が付いた。それが海兵隊を辞めるきっかけだった」。2006年に除隊。「戦争から帰ってから感情のコントロールが難しくなり、いつもイライラし小さな物音や突発的な出来事にひどく驚くようになっていた。当時交際していた女性がふざけて脅かした時、反射的にナイフを取り出し『僕がイラクで何をやってきたのかわかっているのか』と泣きながら叫んだ。女性は『殺される』と警察に通報。戦争トラウマ(PTSD)と診断され、退役軍人者病院に入院した」 -2018年11月カリフォルニア州サウザンドオークスのバーで無差別銃撃事件が起きた。犯人は同級生の海兵隊員でアフガニスタンからの帰還兵だった。事件の一報を聞き恐怖にかられた。- 「人殺訓練を徹底され、実際に戦場でたくさんの殺人をしてきた兵士たちは背中に戦場を背負って母国・アメリカに戻ってくる。後をたたない銃撃事件の背後に暴力を非暴力に変えることができずに苦しみ続ける帰還兵たちがいる」「結局、戦争は軍事産業や大企業の利益のためだった。イラク戦争も石油確保のためだった。金儲けのために戦争が繰り返されている。米軍は世界各地から撤退し米国内にのみ駐留する自衛の軍隊になるべきだ」 -除隊から13年経つ今も、戦争の闇は心の中に住み着いている- 「沖縄にいた当時の僕自身がいま目の前にいたらこう伝えたい。『基地から逃げ出せ。ゲートの前で抗議している沖縄の人たちに加わって一緒に座り込め。そして絶対にイラク戦争には行くな』」

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