>

「選挙は結果がすべて」という政府

 前回、県民投票について投稿した中で「政府は『選挙の争点はさまざま』として一顧だに」しなかった、と書いたが、これは正確ではない。正確には、「辺野古新基地建設に反対する候補者が当選したら一顧だにしなかったが、自ら応援する候補者が当選したら『選挙こそ民意だ』と記者会見で気色ばんで強調してきた」である。
 2014年1月の名護市長選で辺野古新基地建設反対派の稲嶺進氏が再選した時には「選挙結果は承知をしておりまして大変残念に思います。・・・埋め立てについて知事から昨年にですね承認をいただいています・・・埋め立てについてはですね・・・そこは淡々と進めていきたい・・・沖縄県の判断というものも尊重していくというのが当然のことだろうと思っています」とコメントしている。 この時の県知事は仲井真氏だったので県の判断を強調したコメントである。
 同年11月の県知事選挙で同じく辺野古新基地建設反対派の翁長雄志氏が当選した時には自民党幹部の「今回はですね。(辺野古新基地建設についての)基地に関する県民投票ではありません」とのコメントや「今回の知事選の結果は候補者が振興策や様々な問題に対して主張した結果です。(辺野古の埋め立ては)去年仲井真知事から許可をいただいている」旨の政府コメントが出ている。(このコメントについては後日、翁長知事が菅官房長官との会談で「私と前知事の違いは、埋め立て承認以外はないんです。政策に」と選挙の争点だったことを指摘している)。

 それがガラッと変わるのが2016年1月の宜野湾市長選挙で政府が支援する佐喜眞候補当選後の記者会見である。
 「出口調査で(辺野古移設について)半分以上が反対だという地元の民意をどう受け止めるか」との記者の問いに「出口調査の内容について詳細に承知していないが、(辺野古移設反対を)掲げて戦ってきた候補者が敗れた。これが現実ではないでしょうか」
 さらに今年の2月の名護市長選挙で政府が支援した渡具知氏が当選したコメントでは「選挙は結果がすべてであります。そして相手候補は必死に埋め立て阻止を訴えたのではないでしょうか。住民の皆さんが選ぶのが民主主義の原点がこの選挙であります。
 民主主義の原点というのは選挙ですよ。選挙の結果によってそれに基づいてそれぞれの首長が政策を進めていくというそれが民主主義の原則であり原点じゃないですか。
 やはり民主主義というのはまさに選挙こそ、これ、原点じゃないですか。ですからその民意によってさまざまな政党を選挙の中でそれぞれの政党が、あるいは候補者が訴えてきている訳ですから、そうした民意を踏まえて政策を実行していくこれがあの姿じゃないですか」と気色ばんで、「選挙は結果がすべて」「選挙は民主主義の原点」とこれまでのコメントを180度変えて繰り返し強調した。

 これが今年の9月の県知事選挙後ではまたまたガラッと変わる。
「敗因についてどう考えるか」との記者の問いに「選挙というのは、地方公共団体の首長選挙について様々な施策、このことについて主張が行われるものである。その結果について政府としてコメントはすべきではない」ときた。
 さらに10月の那覇市長選挙後のコメントも「まず地方公共団体の首長の選挙について政府としてコメントをすることは控えたいと思います。いずれにしろこうした自治体の選挙というのは様々な政策の面で候補者の主張が行われるものであり、結果を受け止めることが大事だと思います」だと。「えーっ、『選挙は結果がすべて』じゃなかったの」と突っ込みたくもなるが・・・。

 それにしても、である。その場その場で自らの都合のいいようにごまかす政府(森友・加計問題にしろ、働き方改革にしろ数え上げればきりがないほどあるが)、発言がごまかし・まやかし・嘘八百が明らかであるにも関わらず、いつから国民はそれを許容するようになったのだろうか。
 弱小野党に愛想つかしたからか、と思いつつも、安倍政権のでたらめさに怒りを抑えきれない今日この頃である。

コメント