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プロローグ

 プロローグその1

 宮古島市誕生の物語は平成12年度から始まる。
 毎年のことではあるが、平成12年度がスタートした4月の宮古はトライアスロン一色である。
 私の所属していた財政課も各職員がそれぞれの役割を担っていた。また各部各課との財政調整もほとんどできない時期でもある。そういったあわただしく本来の業務がままならない、といった状況のなか、私は総務部長に呼び出された。財政課に配属されて4年目に入る。「もしかしてあの話かな」。当時気になっていた‘ある事’がちょっと頭をよぎった。

 当時(今でもそうかもしれないが)、財政課には「官庁速報」という、中央省庁や他の地方自治体の動向を毎日速報する行政情報紙が回覧されており、私はできる限り目を通して情報収集に努めていた。その中で私の目を引いたのが「市町村合併」だった。
 その時期、平成11年に合併特例債など財政措置を大幅に拡充するなど合併特例法を大幅に改正していた国が、全国的に市町村合併を積極的に推進しており、その情報が毎日のように「官庁速報」に大きく取り上げられていた。
 「この流れはいずれ県を通して宮古にも来るはずだ」と私は直感していた。ただ当時の市には担当がいない。私はとりあえず市町村合併に関する情報の収集に努めていた。

 「失礼します」と部長室へ入り机の前に立つと、部長が唐突に「君はこれから平良市にとって何が大事だと考えるか?」と聞いてきた。
 「やはりそうか」部長も私と同じ考えを持っている。
 即座に私は「市町村合併です」と答えた。
 一息おいて「そうか。」部長が言った。「よし、これから君が市町村合併を担当してくれ」。
 私は「わかりました」と答えた。

 この時から、私の市町村合併との係わり合いがスタートした。

プロローグその2

 部長室に呼び出された後も私は市町村合併に関する情報収集を行っていた。
 ある日、総務部長室から内線電話が入り決算カードを持ってきてくれと言う。決算カードとは地方自治体の決算状況を一枚にまとめた資料である。部長室に持っていくと部長の机を挟んで一人の男性が座っていた。「紹介しよう。県の財政課時代の後輩だ。ちょっと平良市の決算カードを見てもらおうと思って」総務部長はそう言って私から決算カードを受け取り男性に渡した。それから私に向き直り「今日の夜、明けといてくれ」と言った。
 総務部長は県の職員であったが、当時の市長の強い希望した人事交流事業で平成9年度に立ち上げた財政課の初代課長として平良市に着任した。着任後は財政健全化計画の策定や港湾特別会計の正常化などに取り組み、2年後に県に戻った後、平成12年度からは総務部長として再び平良市に着任していた。
 県では財政畑が長く財政課時代の人脈は多岐にわたっており、県からの情報収集能力は圧巻だった。また、当時の県宮古支庁には財政課時代の後輩なども在籍しており意見交換も頻繁に行っていた。そうした人脈のなかの一人が先ほど部長室にいた男性だった。

 その夜、居酒屋で再度男性を紹介された。年齢は部長より1、2歳年下で、財政課時代の同僚、現在は県市町村課で「市町村合併」を担当しているという。「やっぱり。部長は以前から県と市町村合併の情報交換をしていたのだ」。先日呼び出された理由が分かった。平良市には県との窓口が必要だったのだ。
 その後は、市町村合併について県はどう動くべきか、市長村長への説明を今後どう進めていくか、など、二人の意見交換が延々と続いた。

 水面下において宮古でも市町村合併が静かに動き始めていた。


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